
聖書学院とは
「Sola Scriptura—みことばのみ」これこそみことばの権威を蔑ろにし、その教えから逸脱していた当時の教会にマルチン・ルターら改革者たちが命がけで訴えたことでした。彼らは、人の考えや、伝統などにではなく、ただ神のみことばである聖書の権威に服従することを主張したのでした。このみことばを愛し、その教えに忠実に従うことこそ、時代を越えてすべての信仰者が死守しなければならない信仰の礎です。キリスト教会に今一番必要なことは、権威ある神のみことばに謙虚に従うことであると浜寺聖書学院(HBI)は考えます。そしてこのことこそが、日本のキリスト教会に“改革”をもたらす最も重要な鍵だと確信しています。
HBIのビジョンは、主によって召された主を畏れる男性たちを牧会者として訓練し、育てあげることです。みことばを大胆かつ正確に伝える講解説教者を育成することがHBIの目指していることです。そのために当学院は生徒一人一人が聖書をしっかりと理解し、それを正しく解き明かし、人々を勧め、励まし、戒め、導くことができるよう訓練し、また途絶えることのない神への礼拝、みことばに対する妥協無き従順、聖い生活への献身、教会に対する愛情、そして世界宣教に対する情熱を、クラスの学びを通し、奉仕を通し、そして霊的交わりを通してより明確に理解していくことに力を入れています。
聖書は私たちに、みことばには人を救う力があり (IIテモテ3:15)、人を変える力がある(IIテモテ3:16)事を教えています。それゆえにみことばを正しく理解し、正しく語ることができる働き人が教会には必要です。しかし現在のキリスト教会にもっとも欠けているのは、みことばを正しく解き明かすことのできる働き人です。みことばを単なる導入としてしか用いることをせず、自分の意見を会衆に説くことや、十分な時間をかけてみことばを学ぶことをしないがゆえに、間違った理解をしていてもそれに気づかずにメッセージを語っている、そんなことが多くの教会で起こっています。人の体験談が神のみことばと同等、あるいはそれ以上に価値のあるものとして語られています。礼拝時間のほとんどが伝道的な内容にとどまり、クリスチャンがどのように毎日の生活を神に喜ばれるように生きていけばよいのかを、みことばからしっかりと解き明かされることがないのが現状です。このような問題を解決するには、働き人がみことばをしっかりと、明確に解き明かす必要があるのです。霊的に成長していない信徒たちの多い教会があまりにも多い日本の教会にあって必要なのは、みことばを宣べ伝える働き人なのです。
存在目的
「みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい . . . あなたは、どのような場合にも慎み、困難に耐え、伝道者として働き、自分の務めを十分に果たしなさい。」(Ⅱテモテ4:2, 5)
浜寺聖書学院は、敬虔な信徒がみことばを正しく解き明かすリーダーとして教会を導く者となることによって、主に喜ばれる教会を建てあげるために存在します。そのために当学院は、ひとりひとりの生徒が聖書の真理を知り、それを正しく宣べ伝え、自らの人生にその真理を適用することによって人々の模範となるための訓練をしていきます。同時に、生徒が他の人々を勧め、励まし、戒め、導くことができるように、学びを通し、奉仕を通し、そして、霊的交わりを通して、より明確に聖書の真理を理解するように訓練することを強調しています。このことは特に3つの分野において現されます。
- 講解説教者の育成
クリスチャンにとって欠かすことのできないことは、神が私たちに何を求めているのかを正しく理解することです。そのために当学院は、生徒がしっかりとした解釈に基づいた的確な釈義をし、真理を明確に人々に伝えることができる講解説教者を育成することを最大の強調点としています。
- 霊的成長の形成
たとえ聖書の教える真理を正しく理解したとしても、そこで教えられていることを自らの生涯に適用し、実践することができなければ、主に喜ばれ、用いられることはありません。それゆえ当学院は、生徒が学び、理解した真理をしっかりと実践することができるように個人的な弟子訓練を奨励します。
- 教会リーダーの養成
聖書の理解と個人的実践は、他のクリスチャンの成長のために用いられていかなければなりません。そこで当学院は、生徒が教会の働きに具体的に加わることを通して、牧会者や教会のリーダーとして、人に仕え、人を養い、人を導くことができる者へと成長していくことができるように訓練していきます。
焦点
HBI が焦点を当てる事は、みことばを正しく解き明かすということです。そしてそのために必要な知識を習得し、みことばの正しい解釈に基づいたメッセージを語ることができるようになるためのクラスがHBIの授業の中心となります。特に強調される点は、原語(主にギリシャ語、ヘブル語)、聖書解釈、聖書神学、組織神学などの基礎に基づいた、説教学にあります。そしてこれらの学問的な部分が実際のクリスチャンとしての人格形成に正しく適用される為に、様々な教会での働きを通しての学びの時間が持たれます。
神が与えられたみことばを伝えるものにふさわしい成熟したクリスチャンになる為に、授業は単なる学問としての学びではなく、自らの生活への適用を多分に取り入れたものとなります。生徒は覚えることよりも、考えることをチャレンジされ、その中で実際にみことばの教えをどのように適用していくべきなのかを考えていきます。それは学びを終えた後、実際の働きの中で主に与えられた羊を養っていく為の基礎となるのです。
日本の教会には働き人が多くありません。それゆえにすべての生徒が当学院にて学びを行うことが教会にとって問題となる場合も考えられます。そこで当学院では、インターネットやビデオ、DVDなどの媒体を通して学びを行うことが出来るように準備を整えつつあります。将来的には、母教会にいながら学びをし、年に数回集中的な講座を持ってそのときに当学院での授業を受けるというような形で日本の教会のニーズにあったカリキュラムを組むことが出来ればと考えています。このような学びに興味のある方、また協力できると思われる方は、こちらまでメールにてお知らせ頂ければ幸いです。
対象
主の働きを正しく行っていくためには、主が定めた基準に従う必要があります。ですから当学院は講解説教者育成課程で学びをする者たちに対して以下の条件を設けています。まずこの課程では牧会者を育てることを目標としているがゆえに、受講対象者は男性のみであるということです。聖書が私たちに教えるように、教会での働きは男性に託されています。それは男女間の存在において優劣があるからではなく、神が定めた役割が男性と女性では違うからです。家庭のリーダーとして夫が立てられているように、教会のリーダーは男性であるべきだと聖書は教えています(1テモテ2:12ほか)。それゆえ浜寺聖書学院は、教会のリーダーとなる男性を訓練していきます。
また長老として教会のリーダーとなる人物はどのようなものであるべきなのかが聖書には記されています(1テモテ3:1-7; テトス1:6-9)。ですから教会の中で主に献身的に仕え、教会のリーダーにふさわしい信仰者としての歩みをし、教会のリーダーとして全生涯を懸けて主に仕えていくしっかりとした決意を持ち、周りの人々(特に霊的に成熟したクリスチャン)からこの大切な働きについていくべき人物であることを認められている人を当学院では訓練していきます。
また2011年度から当学院では広く信徒に対する訓練(信徒リーダー育成課程)を開始します。これは信徒が聖書的理解を深めることによって、より成熟したクリスチャンとなり、教会のリーダーとして用いられるようになる為だけでなく、ベレヤの信徒たち同様、自らが語られたメッセージが聖書に基づいた正しいメッセージであるかを吟味することができるようになる為でもあります。信徒リーダー育成課程では、キリストを心から愛し、主の教えを熱心に学び、神が与えてくださった賜物を生かして、主と教会に仕えていきたいと願うすべての信徒を対象としています。
入学規定などの詳細に関しては、入学を希望される皆様へのページを参照してください。また浜寺聖書学院学生要項は
こちらからダウンロードすることが出来ます。
History
2002.04. |
聖書学校開校
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2006.09 |
The Master's Academy Internationalの日本校として、聖書学院開校
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2007.03 |
第一期聖書学院卒業生輩出
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2007.04 |
信徒リーダー訓練としての、Expositors' Seminar Series 開始
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2011.04 |
信徒リーダー育成課程を開講
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